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半田簡易裁判所 昭和29年(ろ)70号 判決 1958年7月26日

被告人 山田稔

主文

被告人を罰金二千円に処する。

右の罰金を完納することができないときはその分につき金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用はこれを二分しその一を被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人は普通自動車の運転免許を有するも自動三輪車の運転資格を持たないで昭和二十九年三月四日午後四時五十分頃愛知県知多郡横須賀町本通り(幅員八米)路上において愛六―五六六二四号自動三輪車を運転し時速約二十八粁にて南進中前方五米道路向つて左側に自動三輪車が一台停止しているのを認めたが右自動三輪車に遮ぎられて前方道路左側の状況を確認することは出来なかつたので漫然走行するに於ては或は被告人の自動車に気づかず停車中の自動車後方から被告人の進路上へ進出する通行人等もあり之と接触する等の危険もあるから斯る場合自動車運転者たるものは警音器を吹鳴して右停車中の後方の通行人等に注意を与えるのは勿論速度を減じ機に応じて急停車の措置を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があつたのに拘らず被告人は之を怠り停車中の自動車後方の通行人はないものと軽信し警笛も吹鳴せず依然二十七、八粁位で進行した過失により被告人の自動車の進行に気づかず停車中の自動車後方から道路を横断せんとして被告人の進路上へ出た都築福美(当七年)を前方二米位に於て発見し慌てて把手を右へ切ると同時に急停車の措置を講じたが及ばず自己操縦の自動車左ボデー前部を同人に接触路上に転倒せしめ因つて同人に全治約二ヶ月を要する右前頭骨陥凹骨折兼挫創の傷害を負わせたものであるとの点については無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は普通自動車の運転免許を有するも自動三輪車の運転資格を持たないで昭和二十九年三月四日午後四時五十分頃愛知県知多郡横須賀町本通り路上において愛第六―五六六二四号自動三輪車を運転走行し以て無謀な操縦をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

道路交通取締法第七条第一項、第二項第二号、第九条、第二十八条第一号

刑法第十八条

刑事訴訟法第百八十一条

本件公訴事実中被告人は普通自動車の運転免許を有するも自動三輪車の運転資格を持たないで昭和二十九年三月四日午後四時五十分頃愛知県知多郡横須賀町本通り(幅員八米)路上において愛六―五六六二四号自動三輪車を運転し時速約二十八粁にて南進中前方五米道路向つて左側に自動三輪車が一台停止しているのを認めたが右自動三輪車に遮ぎられて前方道路左側の状況を確認することは出来なかつたので漫然走行するに於ては或は被告人の自動車に気付かず停車中の自動車後方から被告人の進路上へ進出する通行人等もあり之と接触する等の危険もあるから斯る場合自動車運転者たるものは警音器を吹鳴して右停車中の後方の通行人等に注意を与えるは勿論速度を減じ機に応じて急停車の措置を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があつたのに拘らず被告人は之を怠り停車中の自動車後方の通行人はないものと軽信し警笛も吹鳴せず依然二十七、八粁位で進行した過失により被告人の自動車の進行に気づかず停車中の自動車後方から道路を横断せんとして被告人の進路上へ出た都築福美(当七年)を前方二米位に於て発見し慌てて把手を右へ切ると同時に急停車の措置を講じたが及ばず自己操縦の自動車左ボデー前部を同人に接触路上に転倒せしめ因つて同人に全治約二ヶ月を要する右前頭骨陥凹骨折兼挫創の傷害を負わせたものであるとの点につき案ずるに、司法警察員作成の被告人の供述調書及び医師清水宏作成の都築福美の診断書の各記載並に当審に於ける検証の結果によれば被告人は自動車運転者であるが、昭和二十九年三月四日午後四時五十分頃愛六―五六六二四号自動三輪車に土砂を積載して運転し、愛知県知多郡横須賀町本通りの中央左寄りを時速二十五粁乃至三十粁で南進中同町大字横須賀字一ノ割二十三番地先路上において都築福美(当七年)と接触し、それがため同人に全治約二ヶ月の休養加療を要する右前頭骨陥凹骨折兼挫創の傷害を負わせたことが認められる。

よつて右の事故が被告人の過失によるものであるかどうかについて案ずるに、司法警察員作成の実況見分調書の記載、当審における検証の結果、司法警察員作成の被告人の供述調書、都築きくのの上申書の各記載を綜合すると、本件事故現場は幅員八米の県道上であつて舗装され直線で見透しよく現場より北方約十八米の所で東西に通ずる道路と交叉して十字路をなしており、その東南角に酒食料品たばこ小売商つちや商店があり、十字路より南方東側十米の所にその頭部をおいて一台のオート三輪車が空車で北向に停車してあつたこと、被告人は道路中央辺に右側車輪をおき時速二十五粁乃至三十粁で南進中右十字路上で右オート三輪車が停止しておることに気付き夫より十三米位南進した所(停止するオート三輪車の後端部位)に至つた時、突然前方斜め左方六米位のつちや商店の店舗出入口から被害者が走り出して被告人の進路の前を西に向つて横断しようとするのを認め、右へハンドルを切ると同時に急停車の措置をとつたが及ばず前方四、五米位の所で被害者と接触しそれより前方斜右約五米の所で停止したこと、停止中のオート三輪車は空車であつて積荷がなく且つボデーが低いのでその後端から北方八、八米位の被告人の進路上からその後部に通行人があるかないかを容易に識別できること、停止中のオート三輪車の東側に面してつちや商店の住宅の窓及びウインドがあつて車の後部から突然に被告人の進路上へ人が出て来ることは予想されないこと、被害者が走り出したつちや商店の店舗出入口は停止中のオート三輪車の後端から南へ約五米の地点であつて其処から北方十五米の所にある被告人の乗車するオート三輪車を望見することができることが認められる。

被告人の如く自動車運転の業務に従事する者は常に前方を注視し若し前方にある障害物のため自己の進路の見透を妨げその安全を確認することができない場合には警笛を吹鳴して障害物の蔭にあるものに注意を与え何時でも急停車できる程度に徐行し以て事故の発生を未然に防止すべき方法を講じなければならないことは勿論であるが、およそ被告人に刑法上の過失の責任ありとするには被告人が相当の注意を用いたならば結果の発生の可能を予見し得た場合でなければならない。然るに本件の場合を見るに、前示の如く停止中のオート三輪車の後端から北方八、八米位の被告人の進路上からその後部に通行人の有無を識別することができ又オート三輪車の東側はつちや商店の住宅の窓及ウインドであつて車の後部から突然被告人の進路上へ人が出て来ることは予想されないから、停止中のオート三輪車の右側を通過するに際し何時でも急停車できる程度に徐行すべき注意義務があるとは解せられない。

司法警察員作成の被告人の供述調書の記載及当審における検証の結果によれば、被告人は法定の制限速度(四十粁)の範囲内である時速二十五粁乃至三十粁で県道を南進していたところ、つちや商店の店舗出入口から突然被害者が飛び出して来たものであり、このことを被告人が前以て知り得る状況でなかつたことが認められるしその時の被告人がとつた急停車の措置が適当でなかつたという事実も認められない。従て本件の結果の発生につき被告人に過失の責があるとは認められない。その他本件が被告人の過失によるものであると認めるに足る証拠がないから刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 西川銕吉)

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